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今川氏真と徳川家康の奇妙な関係性!今川氏真の人生とは?


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「おんな城主 直虎」で、クローズアップされる戦国武将の一人が、今川氏真です。今川氏10代当主にして、今川家の戦国大名としての歴史を終わらせたのが、今川氏真です。

その今川氏真が、奇妙な関係性を持ち続けたのが、徳川家康でした。

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桶狭間の戦いの後に家康が今川家との決別を表明する

今川氏真は、今川義元の嫡子として生まれました。家督を継いだのは、今川義元存命中の1558年前後と見られています。その頃から駿河や遠江国に文書を発給しているためです。

1560年5月19日、今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に討たれると、今川氏真は、名実ともに今川家の領国を継承します。しかし、統治は、困難を極めました。

桶狭間の戦いで、今川家の重臣の多くが、討ち死したためです。三河や遠江の国人の中には、今川家の統治に対する不満が広がり、今川家から離反する動きが、見られるようになりました。

また、今川義元から「元」の字を与えられていた松平元康(後の徳川家康)も、今川家との断交を選びます。1562年正月、元康は、織田信長と清洲同盟を結び、名を家康と改め、今川家との決別を表明します。そして、西三河地域は、家康の勢力下に入ります。

同年2月、今川氏真は、自ら兵を率いて、牛久保城に出兵しますが、家康の奮戦で撃退されてしまいます。

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→井伊直虎と井伊直弼の関係!井伊直弼とはどんな人物なのか?

武田信玄の駿河侵攻で今川氏は統治権を失う

1568年、武田信玄が、駿河侵攻を開始します。今川氏真も出陣しましたが、駿河の有力国人21名が信玄に通じていたため、今川軍は潰走し、駿河は占領されます。今川氏真は、掛川城へ逃れました。

遠江には、徳川家康が侵攻していました。武田信玄と今川領の分割を約していたためです。掛川城は、徳川家康に包囲されます。包囲戦は長期化し、その間に、武田信玄は、約定を破って、遠江への圧力を強めました。そこで、徳川家康は、今川氏真との和睦を模索します。

1569年5月17日、今川氏真は、家臣の助命と引き換えに、掛川城を開城します。掛川城の開城をもって、戦国大名としての今川氏は、統治権を失うことになります。

→おんな城主直虎で織田信長を演じるのは誰?井伊直虎との関係は?

流落の末に今川氏真は徳川家康の庇護を受ける

統治権を失った今川氏真は、北条氏を頼りました。北条氏は、妻・早川殿の実家です。1571年10月、北条氏政が武田氏と和睦すると、信玄は、北条氏政に今川氏真の殺害を指示します。

危険を察した今川氏真は、同年12月、徳川家康の元に逃れ、家康の庇護を受けることになります。徳川家康にしても、旧国主の保護は、駿河統治の大義名分を得るものでした。

今川氏真は、徳川家康から、近江国に500石の領地を与えられます。その後、1615年に没するまで、今川氏真と徳川家康の付き合いは、続くことになります。

今川氏真との関係は、徳川家康の人間性を描く上で欠かせないものです。「おんな城主 直虎」で、今川氏真と徳川家康の絡みが、どのように描かれるかは、重大な見どころと言えるでしょう。

→おんな城主直虎!井伊直虎と武田信玄の×××な関係性

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