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おんな城主直虎!井伊直虎と武田信玄の×××な関係性


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続けて戦国時代が描かれる大河ドラマ。2017年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」では、「真田丸」より、ひと世代前の時代が、描かれます。

「真田丸」で、次第に憎々しさを増した徳川家康も、まだ若かった頃が、描かれます。そんな徳川家康を頼ったのが、主人公の井伊直虎。

そして、井伊直虎や徳川家康の脅威となったのが、「真田丸」で「お館様」と呼ばれていた武田信玄でした。

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おんな城主としての最初の危機を乗り越えたのは徳川家康のお陰?

「おんな城主 直虎」では、「おとわ」という名前で登場する井伊直虎。彼女が、歴史の表舞台に立つことになるのは、井伊家の男系が途絶えそうになったためです。

桶狭間の戦いで、当主の井伊直盛は討ち死。その跡を継いだのが、おとわの父・井伊直親ですが、その相続に不満を持った家臣の讒言で、井伊直親は、謀反の疑いをかけられ、殺されてしまいます。

そこで、当主に立てられたのが、おとわ。1565年に、彼女は、井伊直虎と名乗り、政務を執るようになります。家中に対立と混乱が激しくなったのは、その3年後。今川氏の出した徳政令を巡ってのことでした。井伊直虎は、徳政令を拒否し、家老の小野道好ら徳政令要求派との対立が激化しました。

この争いは、井伊家介入の口実を今川氏に与え、今川氏寄りの小野道好の勢力が拡大。井伊直虎ら、徳政令拒否派は、居城である井伊谷城を奪われます。

この混乱は、井伊谷三人衆と呼ばれる武将たちが、徳川家康と接近したことによって、沈静化します。徳川家康の力で、井伊谷城は、井伊直虎の手に戻されることになります。

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→おんな城主直虎のロケ地や井伊直虎ゆかりの地はどこ?

武田信玄と同盟を結んだはずの徳川家康も苦戦

武田信玄の影が、井伊谷城に大きく関わってくるのは、その後。井伊家が仕えていた今川氏と、武田信玄の関係が悪化して、武田信玄は、駿河侵攻と呼ばれる行動に出ます。井伊谷城は、武田信玄の家臣・山県昌景に明け渡されます。1572年のことです。

井平城の井伊直成も討ち死し、井伊直虎は徳川家康の居城である浜松城に逃れます。

徳川家康も武田信玄と同盟を結んで、遠江侵攻を進め、遠江は徳川氏の所領に、駿河は武田領になります。しかし、徳川家康と武田信玄の同盟関係は、破れることになります。問題は、徳川家康が同盟関係を結んでいた織田信長。

織田信長は、将軍足利義昭を奉じて上洛を果たします。しかし、その直後から、将軍足利義昭と織田信長は対立。足利義昭は、織田信長を討つよう、有力大名たちに働きかけます。その一人が、武田信玄でした。

織田信長と反目するようになった武田信玄は、遠江に攻め込みます。織田信長の援軍もままならず、徳川家康は、三方ヶ原の戦いで敗走。そうした状況に変化が生じたのは、武田信玄が病没したためです。

武田信玄は、京に上る途中、病に倒れました。1573年4月12日病没。享年53。遺言によって、その死は、伏せられましたが、武田勢は撤退。

1573年、井伊直虎は井伊谷城を奪回します。1575年、井伊直虎の養子・井伊直政は、徳川家康に仕えるようになります。このシーンは、「おんな城主 直虎」の見どころの一つになるはずです。共通の脅威、武田信玄が没したことが、井伊氏の徳川氏とを新たな関係に導くことになりました。

→おんな城主直虎の原作は?脚本家「森下佳子」の作品は?

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