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おんな城主!徳川家康の正室・築山殿は嫉妬深い女?呪いや悪女の真相は?


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      2016/11/13

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2016年、2017年と、大河ドラマで続けて描かれる、徳川家康。ただし、2017年の「おんな城主 直虎」では、「真田丸」よりも、若い頃から描かれることになります。

若い頃の家康を描くうえで、飛ばすことができないのが、正室の築山殿です。「真田丸」では、登場しなかった、築山殿

「おんな城主 直虎」では、菜々緒が演じます。嫉妬深く、家康を悩ませたとも、家康を呪ったとも言われる築山殿。その生涯は、どのようなものだったのでしょうか?

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桶狭間の戦いで、人生が暗転する

築山殿は、今川家一門の瀬名家の出身です。父は、関口親永。母は、井伊直平の娘。関口に嫁すにあたり、今川義元の養妹となったとされています。

1557年、今川家の人質として駿府にいた、松平元康(後の徳川家康)と結婚します。結婚に際して、今川義元の養女となっています。1559年に嫡男の松平信康を出産。翌1560年には、亀姫を産んでいます。

人生が暗転したのは、1560年5月19日。桶狭間の戦いで、伯父の今川義元が、討死します。

夫の元康は、駿府に帰らず、松平家の本拠地である、岡崎に帰還してしまいます。正室の築山殿は、子供たちとともに、取り残される形になります。

→柴咲コウ演じる井伊直虎とは一体どんな人物なのか?

岡崎城に入ることを許されない

駿府に取り残された築山殿は、今川氏真の元に留め置かれます。元康は、信長と同盟を結び、名を家康と改め、今川家との決別を表明します。

そのことに怒った今川氏真は、関口親永と、その正室を死に追いやります。

その後、築山殿は、今川義元の親族である、上ノ郷城城主・鵜殿長照の2人の遺児との人質交換によって、駿府の今川館から、子供たちとともに、徳川家康の本拠地である、岡崎に移ることができました。

しかし、岡崎城に入ることは許されませんでした。岡崎城の外れにある、菅生川のほとりの惣持尼寺で、幽閉同然の生活を強いられます。徳川家康の生母・於大の方が、築山殿を嫌ったからと言われています。

ただし、織田信長との同盟を結んだばかりの家康にしても、織田家と敵対する今川家の一族の娘が正室では、都合が悪かったのではないかと考えられています。

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→おんな城主 直虎で菅田将暉演じる井伊直政はどんな人物?

信康に側室をもたせたことで、事態がこじれる

徳川家康は、今川氏真を破った後、1570年に本拠地を浜松城に移します。そして、岡崎城の城主には、息子の信康を当てます。

信康は、すでに織田信長の長女・徳姫と結婚していました。1570年4月、築山殿は、ようやく岡崎城に入ります。

徳姫は、1576年、1577年と、続けて出産しましたが、いずれも女の子でした。信康に息子が生まれないことを心配した築山殿は、信康に側室を迎えさせます。側室に迎えたのは、2人。

いずれも、元武田家の家臣で、後に徳川家の家臣となっていた者の娘たちでした。

家康は、徳姫と築山殿の仲裁に岡崎城を訪れたと言われています。また、織田信長が、岡崎城を訪れたともされています。この後、徳姫と信康との関係も、次第にこじれていきました。

1579年、徳姫は、築山殿が武田家と内通していることなど、12ケ条から成る訴状を信長に送ります。これによって、信長が徳川家康に、信康の処刑を命じたとされています。築山殿は、家康の命によって、小藪村で野中重政らによって、命を奪われます。

享年、39歳。築山殿の首は、信長の元に、首実検のため、送られました。後日、首級は、岡崎に返され、1580年に首級を埋めた築山明神宮が建立されました。

→おんな城主 直虎に登場する徳川四天王の井伊直政はイケメンだった!

 - 登場人物


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