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おんな城主!女戦国大名と呼ばれた寿桂尼(浅丘ルリ子)とはどんな女性なのか?


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2017年大河ドラマ「おんな城主 直虎」。女性が生き抜いた戦国時代が、描かれます。

直虎の上の世代で、「女戦国大名」と呼ばれた女性がいます。「おんな城主 直虎」では、浅丘ルリ子が演じます。浅丘ルリ子が演じる、寿桂尼とは、どのような女性なのでしょうか?

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公家の名門・中御門家の出身

寿桂尼は、中御門家の出身です。中御門家は、公家の中でも、名家。寿桂尼は、中御門家の当主・権大納言中御門宣胤の娘として生まれました。生年は、不詳。

結婚したのが、1508年頃とされていますので、1490年代に生まれたものと、考えられています。

寿桂尼が嫁いだのは、今川家の第7代当主・今川氏親。今川家も、足利将軍家の一族に数えられた、吉良家の分家に当たり、公家との交流もある、名門でした。

今川家は、寿桂尼を迎えたことで、公家文化への傾倒を一層深めていきます。

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印判を用いて政務を行う

寿桂尼は、夫・今川氏親との間に、3人の息子をもうけました。長男、今川氏輝。次男、彦五郎。三男、今川義元です。

氏親が病没して、嫡男の氏輝が跡を継ぎましたが、当時、氏輝は14歳。若年ということで、寿桂尼は、氏輝の後見役となります。

氏輝が16歳になるまで、寿桂尼は、公文書に自分の印判を押して発行しました。印判を押して公文書を発行するのは、男性の戦国大名の習いでしたが、女性が印判を持つことは稀でした。

寿桂尼の嫁入りに際して、父の中御門宣胤が与えたものと、見られています。

印判を用いて、政務を行ったことから、寿桂尼は、女戦国大名と呼ばれるようになります。寿桂尼の発給文書は、25通確認されています。そのうち、13通が、氏輝の代に発行されたものです。

氏輝、彦五郎が、若くして、相次いで他界し、三男の今川義元が当主になります。その今川義元が、桶狭間の戦いで討死した後は、孫の今川氏真が跡を継ぎました。寿桂尼は、それぞれの当主を支えました。

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政略結婚の仲立ちをして、三国同盟を結成する

女戦国大名と呼ばれた寿桂尼は、公家出身の強みを生かし、政略結婚の仲立ちもしたとされています。甲斐の大名・武田晴信(のちの信玄)と、三条家の姫君の結婚の仲立ちを務めたと言われています。

1550年には、信玄の嫡男・武田義信と今川義元の娘を結婚させています。

1554年には、2つの縁談をまとめています。1つは、今川義元の嫡男・氏真の正室に、相模の名門・北条家の姫を迎えるもの。もう1つは、武田信玄の娘を、北条氏政の正室とするものです。

これらの政略結婚によって、甲斐・相模・駿河の三国同盟が成立しました。いずれにも、寿桂尼の計らいがあったとされています。

寿桂尼は、1568年3月14日に没します。推定年齢は、80歳前後。「死しても今川の守護たらん」との遺言によって、今川館の鬼門の方角にあたる、竜雲寺に埋葬されました。三国同盟が破れたのは、寿桂尼の死後、9ヶ月のことです。

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 - 登場人物


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