大河ドラマネタバレ考案速報

大河ドラマのネタバレ感想サイト!

*

おんな城主!今川氏真と徳川家康の関係!今川氏真は頭が悪いって本当?


《注目記事》U-NEXTで真田丸が無料で見逃し配信中!

   

スポンサーリンク

2017年大河ドラマ「おんな城主 直虎」で、直虎のかつての許嫁の殺害に関与するのが、今川氏真です。

第23代井伊家の当主になった井伊直親。直親が当主になったことを、快く思わなかった、井伊家の家臣の讒言により、今川氏真は、家臣を動かします。

そんな今川氏真が、奇妙な関係を保ったのが、徳川家康でした。今川氏真と徳川家康との関係は、どのようなものだったのでしょうか?

onnashironushi

生まれた時は、今川氏真が主君

今川氏は、駿河と遠江を支配する戦国大名でした。一方、家康の父、松平広忠は、三河の土豪でした。家康は、幼い頃から、今川氏に人質に出されていました。今川氏の元で、家康は、元服します。

そして、今川義元から、「元」の一字を貰い、名前を「元康」と改めます。今川氏真は、生まれながらにして、家康の主君だったわけです。

状況に変化が生じるのは、1560年の桶狭間の戦いです。桶狭間の戦いで、今川義元は、織田信長に討ち取られます。以降、今川氏の勢力は、目に見えて低下していきます。

義元亡き後、家督を継いだ氏真は、治世に苦労します。三河や遠江の国人には、今川氏への不満が鬱積していました。そのため、義元の死後、離反や紛争が、相次ぎました。今川氏真は、特定の家臣を寵愛し、重臣たちの腐敗も表面化していました。

→おんな城主 直虎に登場する徳川四天王の井伊直政はイケメンだった!

徳川家康は、今川氏との決別を果たす

今川氏の衰えがはっきりしてきた、1562年。家康は、織田信長と清洲同盟を結びます。そして、名前を改めます。

今川義元から貰った「元」の字を捨て、「家康」と名乗るようになります。今川氏との決別を示したことになります。

清洲同盟の後、家康は、武田信玄と駿河に侵攻します。今川氏真は、対抗できず、早々に駿河から逃亡します。

しかし、掛川城にいたところを、家康に包囲されてしまいます。氏真は、家臣たちの助命と引き換えに、掛川城を開城します。掛川城の開城により、戦国大名としての今川氏は、滅亡しました。

スポンサーリンク

→おんな城主 直虎!和田正人演じる松下常慶とはどんな人物?

氏真は、家康の庇護を受ける

掛川城の開城にあたり、家康、氏真、氏真の義父である北条氏康の間では、盟約が結ばれていました。それは、家康が、武田軍を駿河から追い払った時には、氏真を再び国主とするというものでした。

実際、1582年に武田氏が滅亡した際、家康は、信長に、「駿河を氏真にやってはどうか」と諮ったと言われています。

しかし、信長は、「あんな役立たずにやれるわけがない。不要な人間は、生かしておくより、腹を切らせた方がよい。」と答えたとされています。信長の答えを伝え聞いた氏真は、驚き、逃げ去ったと言われています。

その後、本能寺の変が起こり、氏真は、妻の実家である北条氏に、身を寄せます。

義父の氏康が没すると、小田原を出て、家康を頼ります。『及聞秘録』によると、晩年、今川氏真は、家康を頼って江戸城にしばしば赴き、長話に興じたため、辟易とした家康が、江戸城から遠い品川に、屋敷を与えたと記されています。

今川氏真の子孫は、江戸幕府に仕えるようになります。

→おんな城主!三浦春馬演じる井伊直親とはどんな人物?墓はどこにある?

 - 登場人物


スポンサーリンク



《注目記事》U-NEXTで真田丸全話見逃し配信!無料で動画を視聴するのはコチラ!

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事