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近衛信尹と小野お通の関係!謎多き才女の意味とは?


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好調な視聴率をキープしている、2016年の大河ドラマ「真田丸」。9月25日放送の第38話から、謎多き才女・小野お通が登場します。信幸の正室・小松姫も、死の直前、夫に「そろそろ京の人を迎えてみてはどうですか?」と言ったとされる、信幸との縁も深い女性が、小野お通です。才女の誉れ高かった小野お通。小野お通に書を教えたとされるのが、近衛信尹です。

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武士への憧れを抱いた公家社会の異端児

小野お通は、和歌も書も良くした才女として、豊臣秀吉、北政所、徳川家康など、当時の権力者たちの庇護を受けています。秀吉が溺愛した淀君も、犬伏の別れを描いた「真田丸」の第35話で最期を迎えた細川ガラシャも、小野お通に書を習っていたとされています。

小野お通に書を教えたのが、近衛信尹です。近衛信尹は、寛永の三筆の一人です。父は近衛前久、母は波多野惣七の娘。1565年11月1日に生まれました。先祖は、藤原道長です。幼少期に父とともに各地を巡り歩き、公家との交わりよりも、武士社会とのつながりを多く持ちました。

1577年に元服。その際、加冠の役を務めたのが、織田信長です。「信長」から一字を賜り、近衛信基と名乗りました。関白の地位をめぐり、豊臣秀吉に疎まれ、薩摩に配流され、島津義弘と交流を持ちます。また、関ヶ原の戦いで、東軍に寝返った小早川秀秋と親交が深かったとされています。

残された書状からは、食べることとお酒を飲むことが好きで、消化器系の不調を抱えていた様子が分かります。1614年11月25日薨去。享年、50歳。墓所は、京都の東福寺です。

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→真田丸!八木亜希子演じる小野お通とはどんな人物だったのか?

再婚相手の渡瀬羽林とは誰だったのか?

公家社会の異端児として、徳川政権が確立する前に世を去った近衛信尹。戦国時代後期から江戸時代の初期にかけて、権力者たちとの接点を常に持ち続けた小野お通が、書という文化的なものによって、接点を持ったのは、極めて興味深いことです。それは、あたかも、戦国時代の終わりを象徴しているかのようです。

小野お通は、歴史上、2回結婚の経験があるとされています。初婚の相手は、豊臣秀次の家臣・塩川志摩守です。塩川志摩守との間に、一女を儲けますが、夫の酒乱に悩まされ、離別しています。再婚相手は、近衛信尹の家来・渡瀬羽林なる人物とされています。

ただし、渡瀬羽林なる人物も、謎に包まれています。そのため、渡瀬羽林は、近衛信尹の偽名ではないかと考える人もいます。渡瀬羽林は、近衛信尹その人だったとする説に基づいて作品を構築しているのが、漫画家の大和和紀です。

「はいからさんが通る」や「あさきゆめみし」で有名な大和和紀が、小野お通を主人公に、真田兄弟との交流などを丁寧に描いているコミックスが、「イシュタルの娘~小野於通伝~」です。すでに13巻発表されている「イシュタルの娘~小野於通伝~」では、近衛信尹は、若い頃から小野お通に思いを寄せ、偽名「渡瀬羽林」として、その思いを果たすということになっています。

小野お通は、大坂の陣においては、千姫のために徳川家と裏交渉をし、淀殿に内通を疑われて、大坂城から追放されたと言います。もし、渡瀬羽林が近衛信尹だったとすると、その頃、プライベートでは、小野お通は、2度目の結婚の終わりを迎えていたことになります。小野お通は、一説によると、徳川和子が後水尾天皇に嫁いだ際、介添女房頭として再び宮中に入ったともされています。公家社会の異端児との別れが、小野お通に、公家社会に入る道を選ばせたのかもしれません。

→真田丸!高畑裕太の代役!大山真志の演技力と実績は?

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