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真田丸!八木亜希子演じる小野お通とはどんな人物だったのか?


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犬伏の別れで、いよいよ、豊臣と徳川に分かれて就くことにした真田親子。「真田丸」で、真田家存続のために、あえて分かれることを提案した信幸は、この後、父と弟の支援に尽力します。徳川に仕えながら、豊臣に就いた父と弟を支援する苦悩。

その苦悩に寄り添った女性として、「真田丸」で描かれるのが、小野お通です。「真田丸」では、フリーアナウンサーの八木亜希子が演じることが、9月10日に分かりました。小野お通とは、歴史上、どのような人物だったのでしょうか?

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醍醐の花見に招かれた才女

小野お通は、1568年生まれ、没年は1631年10月との説が有力です。父は、小野正秀。小野正秀は、美濃の地侍で、斎藤道三の家臣です。その後、正秀は、織田信長に仕え、本能寺の変で果てたとされています。

八木亜希子が演じることになったお通は、浅井長政に仕え、茶々に従ったとされています。京都で、公家の九条種道から学問や技芸を教えられ、豊臣秀吉や、その正室・北政所の側近侍女であったともされています。侍女の中では、筆頭格で、教育係を任されていたと言われています。

1598年に催された醍醐の花見にも招かれています。「真田丸」では、醍醐の花見に小野お通が登場することはありませんでしたが、花見の席上、和歌を2首、詠んでいます。「あかざりし花に心を遺しつつ 我が身は宿にかへりぬるかな」盛大な花見を讃える気持ちを素直に詠んだ歌です。

もう1首は、「花見ればいとど心も若みどり をひせぬ春に逢ひ老の松」桜と松。老いと若さ。幼少の秀頼をも讃える気持ちを表したとも読める歌で、対照も美しく、才気に溢れた上品な歌です。

和歌のみならず、書にも秀で、小野お通の書は、当時を代表する女筆とされ、「お通流」と呼ばれました、淀殿や細川ガラシャも習っていたとする説があります。ドラマの中で、八木亜希子が筆をとるシーンがあるかということにも、注目されます。

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お墓は信幸ゆかりの広徳寺に

「真田丸」では、小野お通は、九度山での蟄居生活を送る昌幸と信繁を助けるべく、信幸が高台院に接触するために小野お通のもとを訪れ、心を通わせていくという形で、描かれることになるようです。悩める信幸にとって、いわばカウンセラーの役を果たしたのが、八木亜希子演じる小野お通という設定です。

ただし、小野お通には、信幸の側室だったのではないかとの説も、根強くあります。理由の一つが、小野お通のお墓が、江戸の広徳寺にあるためです。広徳寺は、真田信幸ゆかりの寺です。加賀の前田家や立花宗茂たちも眠る、諸大名が檀家の寺です。広徳寺に墓があることから、小野お通は、松代藩主となった信幸とかなり親しい関係にあったと、見られています。

また、信幸の正室・小松姫も、小野お通の存在は了解していた模様で、亡くなる直前に「そろそろ京の人を迎えてみてはどうですか」と、小野お通を側室に迎えるよう、勧めたとも言われています。

ただし、真田堪解由家に伝えられる、信幸から小野お通に宛てた書状では、小松姫の没した2年後に、「あなたのお眼鏡に適った奉公人を、二、三人、京都から派遣してほしい」とあります。そのため、小松姫亡き後も、小野お通は、信幸の側室になってはいなかったと考えられています。

→真田信繁と黒田官兵衛はどちらが優秀な武将なのか?

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