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西郷隆盛はなぜ浴衣姿で犬を連れている?犬の名前はツンだった!


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2018年の大河ドラマで取り上げられるとの情報が流れた西郷隆盛。関東で、西郷隆盛と言うと、真っ先に思い浮かぶのは、上野恩賜公園に建つ銅像でしょう。

犬を連れて、浴衣姿で佇む姿は、庶民に癒しを与えてきました。なぜ、浴衣姿で犬を連れているのでしょうか?

明治維新を達成して肥満体に

西郷隆盛と言うと、恰幅の良い人というイメージが定着しています。大河ドラマで西郷隆盛を演じ、圧倒的な存在感を放った西田敏行も、クランクイン前には、増量に励んだとか。

2018年の大河ドラマで西郷隆盛を演じることが明らかになった堤真一に違和感を覚える人の多くは、体格の違いをあげています。

ただし、西郷隆盛が、若い頃から、恰幅が良かったかと言うと、そうではなかったというのが、定説です。西郷隆盛は、写真を著しく嫌い、信ぴょう性のある写真は、1枚も現存していません。現在、残されている肖像画は、いずれも、親族の顔形をもとに、印象を練り上げて描かれたとされています。

身長が高かったのは、事実で、6尺を優に超える背丈だったとされています。そのため、一定の体格は、保持していたわけですが、倒幕に奔走していた頃は、さほど、太ってはいなかったようです。明治維新の時、西郷隆盛は42歳。代謝が落ちてきた年齢で、運動量も減るライフスタイルになります。

好物は、甘いものと脂っこい食事。饅頭や、スペアリブの煮付けなどが、好きだったと言われています。食欲が旺盛で、ライフスタイルが変わった後も、しばらくは食生活を変えなかったことにより、ドイツ人医師ホフマンに肥満体と診断されます。

ホフマンは、西郷隆盛に、炭水化物を減らして運動をするよう、助言。その後、西郷隆盛は、狩猟を趣味とするようになります。狩猟の際に連れ歩いたのが、薩摩犬の「ツン」でした。薩摩犬は、イノシシ狩りで活躍していた狩猟犬です。

一時、絶滅の危険にさらされていましたが、昭和の終わり頃に、旧下甑村の山中で野犬化しているのが発見され、保存会によって、交配が重ねられました。

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→堤真一が演じる西郷隆盛!大河ドラマで今までどんな俳優が演じたのか?

庶民的な姿の上野公園の銅像

上野恩賜公園に建つ西郷隆盛の銅像は、西郷隆盛を高村光雲が、薩摩犬ツンを後藤貞行が造りました。銅像作成当時、ツンは死んでいたため、海軍中将・仁礼景範の雄犬をモデルにしたとされています。そのため、雌犬だったツンは、雄犬として作られるということになりました。

上野恩賜公園の西郷隆盛像が、除幕式を迎えたのは、西郷隆盛の死後21年を経た明治31年12月18日のこと。幕を取り払われた銅像を見て、夫人の糸子は、「浴衣姿で散歩なんかしなかった」という意味の言葉を漏らしたとされています。

なぜ、あえて、そのような言葉を漏らしたのか?亡夫は、人前で普段着で出るような、礼儀知らずの人ではなかったという意味合いの言葉と解釈されています。そのような意図を汲み取り、西郷隆盛の地元・鹿児島県の鹿児島市に昭和12年に建てられた銅像は、陸軍大将の正装をした西郷隆盛になっています。

上野恩賜公園に西郷隆盛の銅像が建てられる計画が持ち上がった時にも、大将服着用の立像が予定され、雛形まで出来上がりました。しかし、「さる筋から大将服姿に猛烈な反対が起こり」、計画は、変更されました。当時は、朝敵とされたことがある西郷隆盛への反感を持つ政治家が多く、明治政府の官位による正装をさせるわけにはいかなかったという背景があったものと考えられています。

なぜ、浴衣姿なのかということは、別として、上野恩賜公園の西郷隆盛の銅像は、庶民に親しまれ、人気を集めてきました。像が建った当初から、西郷隆盛像に紙玉を投げつけるという風習が流行りました。鼻に当たると出世するとか。庶民的な姿の銅像に、心の拠り所を見出した人が多い証でしょう。

→おんな城主 直虎!和田正人演じる松下常慶とはどんな人物?

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