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真田丸!豊臣秀吉は歴史上最も残酷だった?


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豊臣秀吉が歴史上最も残酷だったかを考える時、秀吉と同時代に生きた織田信長、徳川家康達との残酷性を比較する必要があると考えます。

3人の性格を良く表す下記の句がありますので、この句と共に3人の残虐性を比較したいと思います。

鳴かぬならころしてしまえホトトギス……織田信長

鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス…豊臣秀吉

鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス…徳川家康

toyotomihideyoshi

三人の歴史上の人物から残虐性を紐解く

織田信長

最初の句、「鳴かぬならころしてしまえホトトギス」は、文字通り、ホトトギスが鳴かないならころしてしまえと言っています。

この句は、信長に敵対する勢力とは戦い服従させ、それでも従わない場合は、ころすという性格を表しています。

その例として、信長は比叡山に逃げ込んだ僧兵に腹を立て、女子供構わず焼き払っています。

当時比叡山は聖域で、僧兵が逃げ込んでしまえば織田の兵士たちは立ち入れなかったようですので、信長はそれに腹を立てて焼き打ちを敢行したわけです。

仏教の総本山・本願寺は彼を「仏敵」と評しましたし、一方の信長は伊勢長島に立てこもった僧兵たちをこれまた女子供構わず焼き払っています。

信長は良く比叡山の焼き討ちや本願寺の焼き討ちを例にとり残酷と言われますが、信長は別に宗教に対して、嫌悪もしていません。

ただ、当時の宗教は普通にお坊さんが武装していたり、政治に介入していたので、自分の政治や行いに敵対した者は宗教だろうと敵とみなし戦っただけです。

言ってみれば、自分の敵には残酷になれる人です

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→豊臣秀吉・織田信長・徳川家康!三大武将の真実とは⁈

豊臣秀吉

次の句、「鳴かぬなら鳴かせて見せようホトトギス」に表されているように、秀吉の場合は戦では比較的無駄にさつ戮をしていません。

しかし、例の落書きの件で門番達やその一族を処刑したのをはじめ、後に自分に仕えていた千利休を切腹させました。

そして、秀頼が生まれた後に、後継者として用済みになった甥・秀次を切腹に追い込んだ上に秀次の正室・側室や子ども達、約30人を全て斬首しました。その切腹の理由は、はっきりしておらず、己の利権が為に亡き者にしたという説もあります。

信長は明確な理由が多いのに対し、秀吉は晩年になる程 理不尽、残酷なものが多いです。

→豊臣秀吉が天下統一を叶えられた理由!流れを追ってみた!

徳川家康

最後の句、「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」では、3人の中で一番温厚な性格と表されています。

しかし、「鳴くまで待とう」というのは、何もせずに待つわけではなく、色々な策を講じて、自分の思い通りに人を従わせる意味と考えられます。

家康の一番残酷なところは、戦などよりも秀吉が死んだあと、自分が死ぬまでの間じわりじわりと他の大名を潰していったところです

関ヶ原で自分の味方をした者まで潰しています。

上手いといえばそれまでですが、家康には残酷よりも冷徹という言葉が似合うかもしれません。

そして、戦においても、大阪冬の陣・夏の陣では、巧妙に方広寺事件を起こし、豊臣家に対する強引な言いがかりをつけた上で豊臣家をせん滅し、残酷なことをしています。

以上からの結論としては、戦国武将で人をころしたことがない人はほとんどいないはずですから、豊臣秀吉が一番残酷かということはなかなか決められません。

→徳川家康は幼少時代に人質になっていたのか?

 - 歴史, 登場人物


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