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豊臣秀吉は茶々と寧どちらを愛していた?史実ではどうだったのか?


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      2016/05/24

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若い頃、秀吉は相当な頑張り屋でした。

また、その秀吉を女房として支えた寧は非常に聡明な女性でした。主君である信長は彼女の聡明さを含めた性格を非常に気に入っていて、二人が夫婦喧嘩した時には寧の味方になり、秀吉を戒めるような手紙まで送ったりしています。

こうしたことから秀吉にとって寧とは女房であり、同時に同志、盟友といった存在だったと思われます。

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天下人になってからの秀吉!寧と茶々のどちらを愛したのか?

これに比べて天下人になってからの秀吉は若い茶々にご執心でした。

秀吉は昔から信長の妹である「お市の方」に憧れており、その延長上に彼女の娘の茶々があったようなので茶々自信ではなく、「お市の方」への憧れを追いかけており、茶々を一女性としてどれほど愛していたのか、疑問があります。

秀吉は茶々に対しては格好を付けた姿しか見せておらず、寧に対しては本当の自分をさらけ出していたのだと思います。

すなわち、生涯を通じて寧を愛していたのだと思います。

秀吉の正妻と母親

天下人になった頃、秀吉は後継者を切望していました。正妻の寧にはそれを望めない事は確実でしたから、当時の有力者の常として側室により後継者を得るしかありません。

茶々は後継者を生んだ功労者であり、しかも「お市の方」似なので、寧とは異なる
を感情、つまり「お市の方」への憧れと共に後継者を生んだ母親への感情を持ったでしょう。

従って、両者への愛情はその性質が異なるものであったといえるでしょう。

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→宇喜多秀家が豊臣秀吉の養子になった理由!子孫や末裔は八丈島にいる?

史実では?どうだったのか?

実際は知ることも出来ないですが、秀吉は良妻であった寧を愛していたと思います。茶々については、悪いイメージが付きまとっているからです。

しかし、政治的に考えると違った歴史が見えて来ます。

1625年に書かれた豊臣秀吉一代記となる太閤記が、秀吉の生涯を描いた書物で、秀吉を取り巻く人間関係を記述しています。この書物は、記述された年代から、徳川の時代になって記述された書き物であることが分かります。

豊臣秀頼を滅ぼしたのは徳川家です。そして、秀頼の母親が茶々です。従って、徳川氏は茶々の印象を悪くする必要がありました。秀頼がナヨナヨしたイメージがあり、茶々の陰鬱たるイメージも徳川氏の仕業だと考えられます。

一方、寧の協力で、結果的に関が原における徳川家の一大勢力を作る要因となります。
家康自身、北の政所を粗略に扱えなかったし、政治的にも家康は高台寺(寧の隠居先)に多くの寄進をしています。

従って、寧を悪者扱いは出来ませんでした。こういう雰囲気が作られていたとしても不思議では無いと思うのです。

このように、二人のイメージすら、徳川家により塗り替えられているため、秀吉が寧と茶々のどちらを愛していたかは、本人しかわからないという結論になってしまうと思います。

→秀吉と茶々の関係は?年齢差があるのに側室になった理由とは?

 - 歴史, 登場人物


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