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真田丸!岡本健一演じる毛利勝永はどんな武将?大坂の陣での功績は?


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高視聴率を保っている2016年の大河ドラマ『真田丸』。ドラマ終盤の大事な登場人物である毛利勝永を、俳優の岡本健一が演じることが、発表されました。

NHKによると、「大坂の大地を吹き抜けた爽やかな風のような毛利勝永」を演じられるのは、岡本健一しかいないとのこと。

岡本健一も、出演に際して、「信じるものを信じ、全身全霊で『真田丸』に挑んで行きます!」と抱負を述べています。『真田丸』で岡本健一が演じる毛利勝永とは、どのような功績を大坂の陣で残したのでしょうか?

Mounting a horse Musha

有名な妻との別れの話

毛利勝永。毛利姓ですが、毛利元就らの毛利家とは、関係ありません。勝永は、最初、「森」という苗字を名乗っていたとされます。秀吉の命によって、「毛利」と改めたと言われています。慶長の役でも、関ヶ原の戦いでも、華々しい武功を挙げています。

関ヶ原の戦いの後、勝永は、父・勝信とともに、加藤清正の元で蟄居を命じられますが、すぐに土佐の山内家に移動となります。山内家の当主・山内一豊は、織田家、豊臣時代から親交が深かったため、毛利勝永は、1000石の知行を与えられます。

山内家から厚遇されていた勝永。そこに、豊臣秀頼からの書状が届けられます。大坂城入りを促すものでした。勝永は、書状を妻に見せ、「私は豊臣家の御恩を忘れられない。身命を尽くすため、大坂に行こうと思う。しかし、私がこの地を去ったら、お主らが難儀するだろう」と言ったそうです。

妻は、毅然として、「豊臣家の御恩返しのために働くのは、お家の誉れです。残る私たちが心配ならば、私たちは土佐の海に身を沈めましょう。」と答えたと言います。

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退却戦に強みを発揮する采配能力

大坂城に入った勝永は、豊臣譜代の家臣として厚遇されます。真田信繁、後藤又兵衛、明石全登、長曾我部盛親とともに、大坂五人衆に数えられます。大坂冬の陣では、今橋と西の丸の守備に就きます。

大坂夏の陣では、真田信繁、後藤又兵衛とともに、道明寺で徳川軍先鋒を撃破する策を提案します。すでに城を守る堀を全て埋められていた豊臣家は、その策を可決。諸隊は、道明寺で合流した後、徳川軍に攻勢をかけることにします。

しかし、決行の日の早朝、濃霧に阻まれ、真田隊と毛利隊は、進軍が遅れてしまいます。孤立した後藤隊に徳川軍先鋒が猛攻。後藤又兵衛は善戦しますが、敗北。

後藤又兵衛を失ったことを知った真田信繁は、「遂に豊臣家のご運も尽きたかもしれない」と嘆き、討ち死にを覚悟したと言います。勝永は、この言葉を聞いて、「ここで死んでも益はない。願わくば、右府様の馬前で華々しく死のうではないか」と慰めたと言われています。

勝永は、選りすぐりの鉄砲隊を率いて、徳川軍を攻撃しながら、大坂城へと退却。諸隊の敗残兵を自軍に収容し、巧みな用兵で退却戦を成功させます。真田隊が壊滅した時も、勝永が退却戦を成功させています。

勝永は、豊臣秀頼の最期を見届けた後、息子の勝家、弟の山内吉近とともに自害しています。用兵や統率力に関して、真田信繁に勝るとも劣らぬ能力を発揮した勝永。江戸時代には、「惜しいかな後世、真田を云いて毛利を云わず」と謳われるようになります。

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 - 登場人物


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