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豊臣秀吉の妹、旭姫のその後は?家康との関係は?


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2016年の大河ドラマ『真田丸』で、清水ミチコが演じる旭姫。清水ミチコの独特の存在感が、話題になっています。

豊臣秀吉の妹として、徳川家康の元に嫁がされた旭姫。家康との関係は、どのようなものだったのでしょうか?

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盛大な花嫁行列を仕立てて嫁ぐ

旭姫が徳川家康の元に嫁いだのは、天正14年(1586年)のこと。秀吉は、自分に一向に臣従の意を表明しようとしない徳川家康を、懐柔しようと試みます。

秀吉が着眼したのは、家康には、その頃、正室がいなかったことでした。家康には、築山殿という正室がいました。

しかし、築山殿は、不慮の死を遂げていました。その後、継室を娶ろうとしなかった家康。正室の座が不在であることに、秀吉は目をつけました。

家康に娶せるべき女性として、秀吉が選んだのが、自分の妹である旭姫でした。旭姫は、すでに嫁いでいました。そこで、秀吉は、妹の旭姫を強制的に夫と離縁させます。

2月22日、織田信雄の家臣で、陪臣にあたる羽柴下総守・土方雄久を使者として、秀吉は三河吉田に派遣します。

そして、酒井忠次を介して、縁談を持ちかけます。家康は、旭姫との婚儀を了承し、榊原康政が代理として上洛し、結納を取り交わします。

4月には、旭姫は、大坂城を出て聚楽第に入ります。旭姫が京を出発したのは、5月。花嫁行列には、150名あまりが従っていました。途中、成田長益・羽柴下総守が加わりました。旭姫が浜松に到着したのは、14日。

旭姫は、家康の正室として徳川家に嫁ぎます。家康45歳、旭姫は44歳だったとされます。

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→本多忠勝の娘・稲姫(小松姫)は史実でも父親ゆずりで活発な性格なのか?

家康との関係はどうだったのか?

旭姫は、駿河府中に居を構え、以後、駿河御前と呼ばれます。ただし、旭姫との婚礼が済んでも、家康は、上洛しようとしませんでした。

秀吉は、次の手を考え、大政所を人質に出します。

形としては、大政所が、岡崎の駿河御前を訪ねることにしました。大政所が本物かどうかを疑った家康は、大政所と旭姫を面会させました。

2人が涙ながらに抱き合う姿を見て、本物の大政所だと確信。家康は、ようやく上洛し、秀吉と和議を結びます。

旭姫との婚儀を受け入れるにあたって、家康は、秀吉に3つの条件をのませています。

①旭姫との間に子ができても、徳川の嫡子とはしないこと

②秀忠は、秀吉の人質にはしないこと

③自分が死んだら、秀忠に徳川家の家督を継がせ、徳川の領国に秀吉は手出しをしないこと

これらの条件から、家康は、旭姫との間に一定の距離を置いていたのではないかとも、考えられています。一方、旭姫も、家康に馴染もうとしなかったようです。

婚礼から2年後には、病気見舞いを口実に聚楽第に移り、以降、徳川の元には戻りませんでした。聚楽第での生活は、2年あまり。

病気がちになって、別居から2年後、旭姫は亡くなります。享年、48歳。東福寺に埋葬されています。

→千利休の切腹の謎!介錯人や最後の場所について!

 - 登場人物


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