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秀吉と茶々の関係は?年齢差があるのに側室になった理由とは?


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大河ドラマ『真田丸』。第14回「大坂」で、いよいよ茶々が登場します。信繁が待つ控えの間にいきなりやってきて、信繁に「わりと好きな顔」と言って立ち去る奔放な茶々。演じるのが竹内結子ということでも、話題になっています。登場する時には、すでに秀吉の側室との設定。史実からすると、少々早い気もしますが、側室になって間もない頃という設定なのでしょう。茶々は、どうして秀吉の側室になったのでしょうか?

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母のお市の方が嫌った男、秀吉

茶々は、浅井長政の長女です。母は、織田信長の妹・市。長政と市の夫婦関係は、周りが羨むほど、仲睦まじかったと言われています。二人の間に生まれた長女が、茶々です。生まれたのは、永禄12年(1569年)とされています。

天正元年(1573年)7月、織田信長が、3万の軍勢で、長政の小谷城を攻め、長政は、自害させられます。享年、29歳。この時、お市の方と子供たちは、叔父の織田信包が保護しています。この時、茶々は、4歳。信長は、お市や茶々ら三姉妹のことを気にかけ、厚く待遇しています。茶々たちは、贅沢に育てられました。天正10年(1582年)、本能寺の変で信長が横死。その後、織田家の後継を誰にするかということを決める清洲会議が行われ、羽柴秀吉と柴田勝家の対立が目立つようになります。

羽柴秀吉を嫌うお市の方は、柴田勝家と再婚。茶々ら三姉妹も、母と一緒に越前・北の庄城に入ります。しかし、翌天正11年(1583年)には賤ヶ岳の戦いが起こります。柴田勝家は、羽柴秀吉に敗れます。この時、お市の方は、柴田勝家とともに自害することを選びます。この時、三姉妹の長女・茶々は、14歳でした。

北の庄城が落城した後、逃れた三姉妹は、遥の谷に匿われていましたが、羽柴秀吉に知らされます。知らせを受けた秀吉は、直ちに迎えを出し、三姉妹を安土城に入城させています。その後は、織田信雄が三姉妹の後見をして面倒を見たと言われています。この時、茶々については、信長の妹のお犬の方が1年ほど世話をしているとされています。

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→真田信繁の正室・竹林院に松岡茉優!竹林院とはどのような人物なのか?

秀吉の熟柿作戦に応じたのはなぜ?

秀吉は、茶々の母・お市の方に憧れを抱いていたと言われています。お市の方の面影を最もよく残す長女の茶々に、熱心に言い寄って、ついに側室にしたというのが、通説です。茶々が秀吉の側室となったのは、天正16年(1588年)頃とされています。この時、茶々は19歳、秀吉は51~52歳とされています。

大河ドラマでは、秀吉に謁見するために上洛した上杉景勝に従って大阪城に行った信繁が、茶々と思わぬ出会いを果たすことになっています。信繁が秀吉のもとに人質として出るようになるのが、天正14年(1586年)頃とされていますので、少々、設定が早くなっています。

茶々をその気にさせるため、秀吉は、新しい着物を贈ったり、珍味を贈ったりしたと言われています。また、頻繁に文を書き送ったともされています。秀吉は、筆まめだったことが知られており、陣中から正室のねねに送った手紙も少なくありません。

筆まめ、絶妙のタイミングで女性が喜ぶ品を贈ること、女への気配り上手などの女の心をつかむ要因を、秀吉が兼ね備えていたことを、茶々が側室になった理由にあげる人もいます。また、秀吉の不細工で愛嬌がある容貌も、女に警戒心を抱かせない一種の魅力だったという人もいます。

そのようなことに加えて、見落としてはならないのは、三姉妹の長女が、秀吉の側室になったということです。実父・長政が自害させられた時、茶々は4歳。妹たちと違って、父の面影を覚えていられる年齢です。父と睦まじく暮らしていた母の姿も、長女の茶々ならば、記憶の底にとどめていたことでしょう。何も覚えていない妹たちと違って、実父のことも、実父と睦まじく暮らしていた幸せそうな母のことも、覚えていた長女。

母のお市の方が再婚した時、茶々は13歳。気難しい思春期に差し掛かっていたはずです。戦国時代であれば、現在よりも早熟だったと考えてよいでしょう。自分に婚姻の話が来てもおかしくはないのが、当時の13歳。女性の入り口に差し掛かった少女にとって、義父は、どのような存在だったのでしょうか?よく言われるのが、茶々は、母と義父を死に追いやった相手のもとに嫁いだということです。確かに実母を死に追いやった相手と意識したことでしょう。しかし、信長の配慮のもと、贅沢にしつけられた勝気な少女が、1年ほどしか共に過ごしていない義父を強く意識したかどうかは、些か疑問です。

むしろ、母がとても嫌がっていた男に、勝気な少女は、好奇心を抱いたのかもしれません。再婚した母への反発。自分を厚遇してくれた信長の家臣に嫁した母への消化しきれない思い。そうした母への屈折した思いが、母の嫌った男のもとに進むきっかけを作ったのではないでしょうか?

→徳川家康の側室!阿茶局・お梶・お夏について

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