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柴咲コウ演じる井伊直虎とは一体どんな人物なのか?


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2017年の大河ドラマは、女性が主人公。戦国時代に女性でありながらも城主となった井伊直虎の生涯を描きます。タイトルは、『おんな城主 直虎』。現在発表されているのは、主演の柴咲コウのみ。8月にはクランクインしますので、おいおいキャストの発表がなされることでしょう。キャスト発表の楽しみを2倍にしてくれるのが、ヒロインの経歴を知ること。一体、井伊直虎とはどのような人物だったのでしょうか?

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9歳の許嫁を失って失意から出家する一人娘

直虎は、遠江井伊谷の国人井伊氏の第22代当主・井伊直盛の一人娘として生まれました。母は新野親矩の妹。直虎が生まれた年や幼名は不明です。ただし、許嫁の生まれた年を考えると、おそらく天文4年(1544年)前後には生まれたものと考えられます。

井伊直盛には男児が授からなかったため、直盛の従兄弟に当たる井伊直親(幼名は亀之烝)を婿養子に迎えることにします。この縁談が気に入らなかったのが、今川氏の与力・小野道高でした。道高は、亀之烝の父が謀反を企てていると今川義元に讒言。亀之烝の父・直満とその弟の直義は、自害させられます。

当時9歳だった亀之烝は、信濃に脱出します。井伊家では、亀之烝の命を守るために、亀之烝の所在も生死も固く秘すことにしました。幼い直虎は、失意のあまり、両親の反対を押し切って出家します。出家した彼女は、井伊氏の惣領名・次郎と法師をつないだ「次郎法師」という出家名を授かります。

11年後に帰ってきた許嫁は家督を継ぐものの正室を迎えていた

出奔から11年後の弘治元年(1555年)に亀之烝と名乗っていた少年は、直親として井伊谷に戻ってきます。直親は、信濃にいた間に、奥山親朝の娘を正室に迎えていました。また、直虎も出家していたため、直虎は婚期を逸することになります。

永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いにおいて、父の直盛が討死。直親が井伊家の家督を継ぎます。しかし、永禄5年(1562年)、小野道好が直親が松平氏と内通していると讒言し、直親は今川氏真の元に弁明に向かいます。その途中、直親は、氏真の手の者によって命を奪われてしまいます。

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井伊家の存亡の危機に中継ぎとしての女当主が誕生する

直親の死によって、井伊家は存亡の危機に立たされます。永禄6年(1563年)には、今川氏真の命によって犬居城攻めをしていた曽祖父の井伊直平が急死。永禄7年(1564年)には今川氏に従って引間城を攻めていた井伊家の重臣らが相次いで討死。井伊の名を継ぐ男子は、直親の遺児・虎松だけになってしまいます。虎松は当時4歳。虎松が成人するまで井伊家を支えるために、永禄8年(1565年)、次郎法師は直虎と名を改め、井伊氏の当主となります。

当主となった直虎は、今川氏真に反抗する姿勢を見せます。反抗に怒った氏真は、永禄11年(1568年)に、井伊谷城を奪います。しかし、小野の専横に反旗を翻した近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久の井伊谷三人衆が三河国の徳川家康と手を結びます。徳川家康の遠江侵攻の案内役を務め、家康の力によって、井伊氏は、実権を回復します。

元亀元年(1570年)には家康に嘆願し、直親への讒言の件で小野道好を処刑。元亀3年(1572年)信濃から武田氏が侵攻してくると、井伊谷城を武田家臣・山県昌景に明け渡し、徳川氏の浜松城に逃れます。武田信玄が病に倒れ、元亀4年(1573年)4月に武田勢が撤退し、直虎は、ようやく井伊谷城を奪還します。

その間、直虎は虎松を養子として育て、鷹狩りに出かけた家康と虎松が出会うように仕組み、天正3年(1575年)には直政(幼名、虎松)を徳川氏に出仕させます。徳川家康は、直政を300石で召し抱えます。直政の出世を見届けた直虎は、天正10年(1582年)8月26日死去。家督は、直政が継ぎました。直虎の墓所は、井伊家の菩提寺である龍譚寺。墓は、直親の隣にあります。

→大河ドラマ井伊直虎以外のキャストを予想考案!

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