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徳川家康の側室!阿茶局・お梶・お夏について


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子孫繁栄のため、正室以外に何人もの側室が存在した戦国時代。真田信繁の生涯のパートナーとされるきりも、そうした側室の1人です。戦国時代の武将で、側室の数が多いことで知られるのが、徳川家康です。大河ドラマ『真田丸』では、阿茶局という側室しか出てきていませんが、記録に残っているだけでも、15人もの側室がいたとされています。そうした側室の中でも、後世に名を残したのが、阿茶局、お梶、お夏の3人です。

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戦場にも同行した阿茶局

大河ドラマ『真田丸』では斉藤由貴が演じています。第5回「窮地」では、伊賀越えから帰還した家康を出迎えています。また、第10回「妙手」では、真田との交渉に苦労する家康に、昌幸の母・とりが人質にいることを伝える機転を見せます。

甲斐武田氏の家臣・飯田直政の娘として1555年に甲府で生まれたとされています。はじめは、今川家臣の神尾忠重に嫁ぎますが、23歳の時に忠重が亡くなり、その2年後に浜松城に召され、家康の側室となります。馬術や武術にも秀で、家康が戦場に赴いた際にも、同行して世話を焼いています。30歳の時、妊娠中にもかかわらず、小牧・長久手の戦いに同陣し、流産してしまいます。以後、家康との間に子供はできませんでしたが、西郷局の他界に伴い、世継ぎである竹千代(徳川秀忠・11歳)と於次(松平忠吉・10歳)の養育を担当します。

大阪冬の陣では、本多忠純と共に徳川家を代表して和議の使者となり、大坂城に赴いて豊臣家や淀殿と交渉に当たっています。落飾したのは、家康の側室の中では、唯一、秀忠が亡くなった後です。それまでは、徳川家の為に働きました。

→真田丸のヒロインが正室ではなくて側室のきりである3つの理由

家康が66歳の時に子をなしたお梶

武蔵稲付城主太田新六康資の娘です。幼い頃から賢さで知られています。有名な逸話は、家康が家臣たちに「一番美味しいものと一番不味いものは何か?」と問うた時、「塩」と答えたというものです。どんなものでも塩で適度に味付けしなければ美味しくならないが、入れすぎてもそのままでも食べられないのが塩だと答えたと言います。

また、武術に秀で、関ヶ原の戦いや大阪の陣にも男装で同行したとされます。関ヶ原の戦いで、勝利を祝し、家康に以降「お勝」と名乗るように言われて改名したと言われています。家康が66歳の時に五女市姫を生んでいます。市姫は早逝しましたが、家康の命によって、於万の方の子で8歳になる頼房を養育します。家康が亡くなった後も幕閣から一定以上の尊敬を受け、後に春日局が台頭した時も、お勝の方が序列が上だったと言われています。

→徳川家康の意外な性格!特徴としてあげられる3選!

側室の中で最後まで残ったお夏

伊勢北畠氏旧臣の長谷川藤直の娘です。家康の晩年、枕席に侍り、家康の没後に落飾して清雲院と改めました。1660年に80歳で亡くなり、家康の側室の中で最後まで残った女性です。

→徳川家康の本当の死因は?現在家康の子孫はどうしているのか?

 - 登場人物


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