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徳川家康の意外な性格!特徴としてあげられる3選!


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大河ドラマ『真田丸』では、第2回「決断」から登場する徳川家康。武田勝頼が亡くなったとの報に接し、「何がいったい人を滅ぼすのか?これからどうなる?わしはどうすれば良い?」とつぶやきます。家臣に「それは、殿がどうなさりたいかによります。」と言われ、「生き延びられれば、それで十分じゃ」とささやく場面が印象的でした。天下人と最終的にはなる徳川家康。そのため、「鳴かぬなら鳴くまで待とう 不如帰」という人物だともっぱら考えられていますが、忍耐の人だったという以外にも、家康を語る上で欠かせない性格があります。そのような意外な性格をまとめてみました。

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徳川家康の特徴とは?

その1.戦場では意外と短気

常に待ちの姿勢だったかと言うと、実は、戦いにおいては、短気な一面を持っています。徳川家康の戦いでは、水攻めや兵糧攻めは、ほとんど知られていません。豊臣秀吉が、大事な戦いにおいて、しばしば水攻めや兵糧攻めを行ったのと、対照的です。

家康が得意としたのは、野戦でした。瞬時の判断が要求される野戦。家康は、野戦を好む武将でした。自らが、瞬時の判断を下す事から、戦場で判断が遅れる武将がいると、苛立ちを隠さなかったとも言われています。関ヶ原の戦いで、事前に裏切りを約束していた小早川秀秋がなかなか動かないのを見て、小早川軍に鉄砲を撃ちかけて挑発した事は、よく知られています。

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その2.倹約家と言うよりもむしろケチ

大河ドラマ『真田丸』の第2回に登場した徳川家康は、焼け跡から金物を掘り出して火傷をします。なぜ、焼け跡から金物を掘り出したのか?その姿に、吝嗇の影が宿る内野聖陽の演技でした。徳川家は、莫大な財を蓄え、その財で、真田家は、後々本拠地となる上田城を築城します。上田城の完成は、大河ドラマでは第11回「祝言」で描かれます。

もともと徳川家は、三河国の弱小な豪族でした。蓄財は、家康の代になされたと見られています。倹約に励んだ家康を語るエピソードの数々。有名なのは、着物です。家康は、普段、浅黄色の下着をつけていたとされています。浅黄色は、汚れが目立たない色であり、洗濯の回数を減らせるというのが、理由だとされています。第6回「迷走」では、伊賀越えの疲れを癒すために、下着姿でお灸をすえる家康が登場しましたが、その下着は、浅黄色だったかは微妙なところでした。カメラ映りを考えてのことでしょう。目も覚めるような純白の下着でなかったことは確かです。

また、漬物が塩辛いと奥女中から苦情が上がった時には、料理番に問いただし、奥女中たちのお代わりの回数を抑えるためだと聞かされ、漬物の味をそのままにしたとも言われています。

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その3.健康に人一倍留意

命を落とした要因に鯛の南蛮漬けや天ぷらがあげられることがある徳川家康。しかし、天下を取った後も、豪遊するでもなく、食生活は、いたって質素だったと言われています。また、健康には人一倍留意し、自ら薬の調剤を行ったとされています。薬を携帯できる根付の発案も、家康がしたと言われています。江戸時代以前は、薬は非常に高価でした。持ち歩く習慣はほとんどなく、薬を手に入れられる人は、旅をする際に、印籠に常備薬を入れて持ち歩いていました。印籠よりも手軽に常備薬を持ち歩けるように工夫されたのが、根付です。

「根付け(ねつけ)」との願いから「根付」と名付けられたと言われています。家康は、自分が薬を持ち歩くようにしていたのみならず、他の人にも薬の携帯を勧め、健康を願っていたとされています。

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