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真田丸で真田信尹を演じる栗原英雄とは?信尹とはどんな人物だったのか?


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第6回「迷走」での演技が光った栗原英雄。昌幸の駆け引きが本格化する中、ますます出番が多くなりそうです。栗原英雄のプロフィールをまとめてみました。また、栗原英雄の役どころ、真田信尹の歩んだ人生も振り返ってみましょう。

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三谷幸喜の推薦で出演が決まった舞台俳優

第6回「迷走」で、昌幸は、弟の信尹を使いに出し、一益が明智を討つ間、織田を攻めないよう、北条氏政に頼みます。「北条は、織田と約定を交わしいる。攻め込むわけがないではないか」と流そうとする氏政に、「その、あり得ないことがあるのが、戦国の世でございます」と返した演技が、間合いといい、表情といい、場数を踏んだしたたか者という感じを見事に出していました。

テレビへの露出が少ない俳優の抜擢としてネットで注目されてきた信尹役の栗原英雄。確かな演技力を、視聴者に印象付けたシーンです。

栗原英雄。1965年7月4日生まれ。栃木県出身。身長174cm、体重63kg。クオーレ所属です。19歳で劇団四季に入団。44歳の時に退団。近年の主だった舞台出演作品は、「アンタッチャブル」「ディートリッヒ」「ふと、立ち止まり、語り出す」など。近年は、毎年のように映画に出演し、「男たちの楽園」「あなたがここにいてほしい」「ホテルコパン」などに出演しています。

妻は、同じく劇団四季の劇団員だった家本朋子。家本朋子は、、現在は、バレエや声楽を教えながら、フェルデンクライスというボディワークの講師を務めています。信尹役には、三谷幸喜から直々の推薦によって決まったとか。栗原の出演したミュージカルを観て、三谷幸喜が推薦したと言います。

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昌幸の調略を影で支え、信繁の首実検をした男

栗原英雄が演じている信尹は、真田幸隆の四男です。兄の昌幸と同い年であることから、双子の兄弟だったとする説もあります。母は、河原隆正の妹・恭雲院。

7歳の時に、兄の昌幸と同様、武田の人質として甲府にいたとされています。その後、信玄の命によって、甲斐の旧族である加津野昌世の養子となり、名門・加津野を継ぐことになります。正室は、馬場信春の娘。真田幸政などの子をもうけました。

武田勝頼が亡くなった後は、真田姓に戻り、諱を「信尹」と改めます。昌幸らとは、別行動をとりましたが、それは、昌幸の要請によるものだったと見られています。上杉勢に味方すると見えかけて山田右近尉などを調略。露見して追放されています。

その後、北条氏直に仕え、1584年には5000石として徳川家康の家臣となって落ち着きます。昌幸が北条から徳川に寝返った際には、仲介役を果たし、徳川家から50両の恩賞金を受け取ります。徳川家中では、使い番として甲斐国巨摩郡内に3000石を与えられ、大蔵村に屋敷を構えます。

豊臣秀吉の小田原攻めの際の恩賞に不満を持って出奔。会津の蒲生氏郷に5000石で仕えます。蒲生騒動になって、1598年には再び徳川家康に仕え、甲斐に4000石を与えられます。大阪の陣では、徳川勢の軍師として活躍。信繁の首実検の確認を行なったとされています。

1632年5月4日に病没。享年86歳。墓所は、曹洞宗徳雲山龍岸寺。子孫は、代々、旗本として幕府に仕えています。4つの系統に分かれ、現在は、そのうちの2家が存続しています。

→大阪夏の陣の後の真田信繁は薩摩落ちした⁈

 - キャスト, 登場人物


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