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真田丸!寺島進演じる出浦昌相は昌幸の部下を統率する?晩年は?


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第6回「迷走」で、信繁に素っ破(すっぱ)の生き方を語った出浦昌相。年齢とともに男の色気を感じさせる寺島進の渋い演技が光りました。昌幸の人間としての器の大きさに惚れる出浦。今後、ドラマでの出番が増えそうです。出浦昌相とは、どのような人物だったのでしょうか?

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武田信玄に続いて森長可に仕える素っ破の頭領

出浦昌相は、出浦清種の次男として生まれました。もともとは、武田信玄の宿敵であった村上義清の一族とされています。村上義清が昌幸の父・幸隆の調略によって砥石城を落とされ、越後に逃れると、出浦昌相は、武田信玄に仕えるようになります。

信玄の跡を継いだ勝頼が天目山に滅んでからは、織田信長の配下であった森長可に仕えています。信長が本能寺の変に倒れ、森長可が信濃を撤退する際には、猿ヶ馬場峠まで見送り、その功績によって、形見の脇差を貰ったとされます。『真田丸』では、森長可を送る途中で信繁たちと出会ったことになっています。

ドラマでは、この後、昌幸と行動を共にする様が描かれますが、歴史上も、1583年からは真田昌幸に仕え、小県郡武石村に30貫文を領し、吾妻奉行を拝命し、一時は岩櫃城主にもなっています。

ドラマでは、第6回「迷走」で自分たち「素っ破」は、「目先の損得では動かぬ。素っ破は戦場ではしなぬ。素っ破が亡くなったのは、信用を失った時。」と語り、信繁に驚きを与えます。誇り高い素っ破の頭領としての姿が描かれていましたが、実在の出浦昌相も情報収集能力に優れ、部下に先んじて自ら敵情を視察することも少なくなかったと言います。また、敵を視察してきたと偽る素っ破を見破る技も長けていたとの逸話があります。

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→真田丸に登場する小山田茂誠の最後は?松を失った後はどうしたのか?

昌幸の後には信幸に仕えて松代にも同行する

出浦昌相が真田昌幸に仕えるようになったのは、1583年。以降、吾妻の忍び衆を統率して活躍します。小田原攻めが行なわれた1590年6月の忍城攻めでも奮戦し、武功を挙げています。

関ヶ原の戦いで、真田昌幸と信繁が西軍に、信幸が東軍につき、戦いの後、信幸が松代に転封になった際には、信幸は出浦昌相に書状を送っています。「自分も年老い、将軍からの命令であり、子孫のこともあるので、命令通りに松代に移るが、心配しないでほしい」という内容です。

出浦昌相は、松代藩の信幸のもとで武者奉行を務めています。昌相の子の幸吉は、1000石にて家老となっています。

→真田信繁の姉・木村佳乃演じる松の今後の運命は?

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