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織田信長は本能寺の変で命を落としたのか?信長の長所や性格は?


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      2016/02/10

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大河ドラマ『真田丸』の第4回で登場した織田信長。随所に思い切った飛ばし方を見せる三谷幸喜らしい脚本で、登場したかと思うと、わずか2シーンだけで、早くも本能寺の変に。真田昌幸の苦労は何だったのかと、弱小豪族の惨めさが際立つ展開でした。

ただし、信長が登場した2シーンと本能寺の変の1シーンには、信長の歴史が凝縮されています。歴史上明らかになっていることを踏まえ、凝縮された3シーンを紐解いていきましょう。

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本能寺の変で信長は本当に命を落とした?

「敵は本能寺にあり」という声が響く中、火に包まれる本能寺。侍も信長の姿もなく、燃え盛る寺。印象的な描き方をしていた今作。本能寺の変で、本能寺が消失したのは、事実です。平成の発掘調査で、本能寺が焼けた形跡が発見されています。

では、そこで、信長は命を落としたのか?生存説が一部ではささやかれています。本能寺の消失跡から、信長の遺体が発見されていないこと、本能寺はそもそも織田方の武器や火薬などの補給地として使用されていた寺だったため、密かに外部に行き来する通路が用意されていた可能性もあることなどが、生存説の根拠になっています。

また、信長の最後を伝えるとされる文書の一つ、ルイス・フロイスという宣教師の記した『日本史』には、「信長は腕に銃弾を受けると、自ら部屋に入り、部屋を閉じ、そこで切腹したと言われ、また、他の者は、彼はただちに御殿に火を放ち、生きながら焼かれたと・・・だが、火事が大きかったので、誰も彼がどのように命を落としたのか知らない」とあります。

→真田信繁の義兄・小山田茂誠とはどんな人物なのか?

謎に包まれる本能寺の変

本能寺の変で、実際に本能寺に攻め込んだ兵士、本城惣右衛門が記した覚書によれば、明智軍が進路を急に京都方向へ転じた時、兵士らは徳川家康を討つのだと思ったと言います。

本能寺の門を守っていた門番の首を取って、門を開けた惣右衛門は、本堂に入っても、侍が一人もおらず、静まり返っていたと記しています。女を捕らえたところ、「上様は白い着物を着ておいでです」と聞かされますが、その時点でも、「上様」が信長だとの認識無し。覚書は、惣右衛門がその後、侍の首を一つ取った褒美として、槍を頂戴したという記述で終わっています。

従軍した兵士にすら、信長を襲撃するということを伝えなかった明智光秀。なぜ、光秀が本能寺の変を起こすことにしたのかは、諸説あり、日本史上の謎の一つとされています。『真田丸』では、遺恨説の一つを採用しているようです。諏訪の法華寺で光秀が信長に激しい折檻を受けたことを恨みに思ってのことという流れにしてありました。

ドラマでは、省かれていた状況を補うと、光秀が信長を激怒させたのは、光秀が「武田を滅ぼせたのも、我らが努力の甲斐」と言ったのがきっかけ。その言葉に怒った信長は、「お前が何をしたというのか。わが子、信忠の多大な武功だ」と言って、光秀を殴ったとされています。

武田と深い関わりがある真田一族を描く今作。真田昌幸が次男とともに諏訪の法華寺で信長に目通りを許された時、偶然、若い源次郎が信長の素顔を知るという設定で、最も自然な説を採用したと言えるでしょう。

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信長とはどのような人物だったのか?

信長侵攻によって武田勝頼が滅びるところから、『真田丸』は描かれています。第1回から信長の影が迫る本作。いよいよ登場した信長は、靴にマントという南蛮風のいでたち。続いて描かれたのは、光秀を激しく折檻する凶暴な姿

ただし、安土に姉の松を送り届けた源次郎は、楽市楽座によって賑わう城下に目を奪われます。そして、供の者にセミナリオを見学するつもりだと告げ、「信長という男、実に面白い」と言います。

セミナリオとは、イエズス会の宣教師たちが築いた学校です。進取の気性に富み、宗教的な事柄に否定的だった信長は、宣教師たちのもたらす南蛮文化に深い関心を寄せていました。また、宣教師たちから、「世界」の情報を仕入れ、広く世界に目を向けていたのも、信長の長所だったと言えます。

→武田信玄の子孫!?モデルの武田アンリとは?

 - 登場人物


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